秋祭りと各地で行われる収穫祭

稲穂

新嘗祭とは

秋祭りといえば、その年の農作物や漁業の収穫を祝う宮中行事の「新嘗祭」が有名です。
新嘗祭とはもとは宮中で行われていた儀礼の一つであり、天皇がその年に収穫された新穀を神前に備え、恵みを感謝しつつその作物を自ら味わうというものでした。
歴史的に振り返ってみるとこの新嘗祭が行われた最古の記録は、皇極天皇元(642年)の11月16日であると日本書紀にあります。
ほかにも数々の日本国内の暦書には新嘗祭を行ったという記録が残っており、日本人の生活の中に非常に重要な位置を占めてきた行事であることがわかります。
明治以降になると全国各地の神社で行われていた新嘗祭は、天皇からの上位下達によって統一の祭式によって同時に行われることを定められています。

全国で行われる収穫祭

新嘗祭は国家的な行事として主に宮中や公家などが中心となって行なってきたものですが、地方においては他にも一般市民によって定期的に行われる実りを祝う祭りが開かれてきました。
これが全国の神社でそれぞれその土地の特産物を捧げて行われる「収穫祭」です。
収穫祭の中心となるのはやはり日本人のための作物である「米」であり、実った穂をかざしたものを神前に飾るという風景は、もはや日本の風物詩として世界的にも有名になっています。
田植え時の祭りと、この収穫の祭りは土地に暮らす農民たちの地域の絆を深めるための儀式でもあったので、土地柄や地域性に応じた独自の文化がそこから発生していきました。
地域ごとの実りの祭りとして捧げられる供物のうち、特に珍しいものをあげると宮崎県の日向山地における獣肉(イノシシ肉)や、広島県の農山村でのマンジュシャゲ(彼岸花)などがあります。
つまり秋の祭りで捧げられるものの種類は、その土地での特産品であると同時にその場所で神格的な意味を持つ大切な収穫物であるということになります。

供え物の種類

収穫時の供え物としては、モノばかりでなく何らかの儀式が行われる場合もあります。
例えば神楽や番楽といった芸能行事です。
神楽の歴史は非常に古く、古事記にある天照大御神が天の岩戸に姿を隠したときそれをなだめるために踊ったことが始まりとされています。
他にも神社の境内に備えられた土俵で相撲をとることを奉納としている場合もあります。
現在では実際に相撲をとることまではされない地方も増えてきていますが、地方の小さな神社の裏手などに回ってみると、今も土俵に使われていたのであろう土盛を見ることができます。